ここに来て十三日後の事だった。
まだまだ力仕事というものに馴染みは薄いが、それでも持ち前の器用さのおかげか、
与えられる作業を難なくこなせるようになった頃の事。

「ナルト!!!」

どんがらがっしゃん、と。
本当にそんなふざけた擬声語どおりに、ナルトの頭上から鉄骨が降ってきたのは。
たった十三日後のことだったのだ。




欲しければ妥協しろ




我愛羅は寡黙な男だった。
ナルトも必要に迫られたとき意外はあまり喋らないほうだが、
それにしても彼の度合いは群を抜いているように思える。
その気質が生来のものなのか、はたまた中々に複雑だと聞いたその生い立ちに
よるものなのかは定かではないが、そんなことは割りとどうでもよかった。
そもそも今は家族とも和解しうまくいっているとのことだから、
気にする必要も野次馬根性もナルトにはない。
それに自分とて今は生きるのに精一杯の努力を要する身分であったし、
メルアドも交換してそれなりに遊びも話もしたから「友達」の要件は満たしている。
かかわる必要はこれといってない―――のだが。

(―――ああ、また笑ってら)

ナルト、と。
せっせとセメントの入った袋を運んでいたナルトの耳に、静かな声が届いた。

「……どうしたぼっちゃん」

ナルトは我愛羅を「ぼっちゃん」と呼ぶ。
理由はもちろん彼が雇い主の息子であるからだが、それだけではないような気もした。
テマリやカンクロウのことは名で呼んでいるのだ。

「…………あとどれくらいだ?」

するといつものように彼は少し眉を顰めた。
「ぼっちゃん」という単語にかなり抵抗があるらしく、
何度もやめてくれと言われたような気がするが今回はそれだけだった。
諦めたらしい。

「ん、もうこれで終わり」
「そうか…もうすぐ昼飯だとテマリが言っていた」
「了解、行くよ」
「ああ」
「………」

ごくごく短い会話だ。いつも彼は用件のみを語る。
しかし問題はそこではない。
ふとした時に彼が見せる、意外なほど柔らかく静かな微笑がいけない。
慣れると奇妙なほど愛らしく見える、目元の隈に少ししわがよるのがいけない。

(勘弁してくれ……)

円滑な「交友関係」は必要だ。
しかしそれ以上の馴れ合いは好ましくない。
気を許すことは騙される覚悟と同義だと、あの家で散々教わった。

(―――シカマル以外は、)

いらない。
能力にしても態度にしても、唯一己と対等で居られた彼以外は眼中にない。
そのはずだったのに、ここは呆れるほど居心地が良い。
日向家にいたときには微かでも感じ取れた、打算や嫌悪はここにはない。
(ネジにそのようなそぶりはなかったが、ナルトの正体を知っているらしい
 ほかの人間からはたっぷりと迷惑そうな視線をいただいたものだ)

「……ナルト?どうかしたのか」
「………いや。行こう、腹が減った」

腹も減ったが心もなんだか満たされない。
目の前の男に毒される前に、無二の親友に会いたいと強く思った。


+  +  +  +


妙だとは思っていたのだ。
この会社は倒産寸前というわけでもないが、さして大きいものでもない。
むしろナルト自身がネジにそういう仕事先にしてくれとわがままを言ったのだ。

(家を出てから怪我してばっかだな…)

最近の仕事は住民の血税をふんだんに使った新庁舎の建設だった。
本来ならば、このような特に古株でもない建設会社に回ってくるような仕事ではない。
大体は談合によって市長だの町長だのの支援者にお鉢が回るか、
大手ゼネコンに殆どをぶんどられて下請けの孫請けくらいの仕事しか残らない。
そして今回も御多分に漏れず後者のパターンであったはずなのに、急にうちに回ってきた。
もう契約済みではなかったのだろうか。

(あー…これは確実…)

危ないところだった。
もう少し反応が、そして我愛羅の叫びが遅れていればナルトの命は無かっただろう。
運動神経抜群の彼はどうにかこうにか避けきったが、
不覚にも飛んだ先にあったダンボールの束ですべって地面に頭をしたたか打ち付けてしまったのだ。
おかげで現在ナルトは病院のベッドにいて、やたらと頭を痛めている。
身体的にも精神的にも。

(我愛羅が叫んでなかったら死んでたな)

つーか明らかに人為的だしこれ労災降りるのかないやそもそも俺保険入ってない気がする、
とかなんとか微妙に重要なことからずれたことを考えているうちに。


「―――入るぞ」


コンコン、という控えめなノック音と共に、今一番会いたくない人物の声が届いた。

無事で良かったとでも言って、きっとまた、彼は静かに笑うのだろう。


+  +  +  +


全身に電流のような戦慄が走った。
いまどきサスペンスドラマにだって起用しない、ベタな事故だ。
人為的というにはあまりにもお粗末で、自然発生的というにはうちの会社は確りし過ぎている。
狙ったとしか思えない正確さでもって彼の頭上に鉄骨が落下するのを見て、我愛羅は叫んだ。

―――ナルト!!!

あのような大声を出したのはきっと母親の胎内から出てきたとき以来で、
未だに喉の奥がひりひりと痛むような気さえする。
彼が来て、まだ十三日だ。
だけどその二週間にも満たない時間は、彼に好意を抱くには十分だった。
いや、それは好意とも呼べない拙い感情であるのかもしれない。
最近目覚めた家族愛とも違う、また体験したこともない恋愛感情でもありえない。
おそらく最も近い言葉が「同情」だ。
高潔な彼が知れば怒り狂うであろう、同情。
けれどこれは優越感や安堵を伴うものではなくて、完全なるシンパシー。
あの瞳の奥にある炎に覚えがあった。
我愛羅は人を信じることが出来なかった。
愛されたくて仕方が無かったけれど、愛されることが無かった。
愛されていることに気付いていなかった。
ナルトも似た様なものだと一括りにするには誤謬があるかもしれない。
彼は人を信じることが出来ないというよりは、信じることを己に禁じているように見えた。
また、その強い意志の裏には別の人間の影があるようにも思えた。
愛し愛されることを、信じ信じられることを知らないわけではない彼。
それなのに頑なに他人を拒み、口先の友情と半紙より薄い信頼を安売りする彼。
そんな生き方をする人間はすぐにでも壊れてしまいそうな不安定さを持っているものだが、
ナルトの場合は唯一の拠り所と絶妙なバランス感覚で以ってつなぎとめているようだ。

(俺はどうしたいんだろうか)

分析をしてみた所で、自分の意図をつかむことすら出来なかった。
始めは単にちょっとした興味だったのだ。
それはナルトにとっても同様であったはずで、
だからこそ彼は己を「ぼっちゃん」などと中途半端な呼称で呼ぶのだろう。
彼は兄弟たちにするような「安売り」を己にはしないが、一向に接近する気配もない。
そのことに若干の苛立ちを感じている辺り、やはり自分は彼と。

(とにかく今は、)

見舞いが先だ。
わびもしなければならないし、事故の原因がわかっていないことも伝えなければ。
あの顔に傷でも残れば、恐らく一生罪悪感に苛まれる。

(……らしくないな)

らしくない。
そうは思うけれど、とりあえず。
自分が微笑むたびに彼が一瞬見せる、困惑するような素の表情を見てその生存に安堵したかった。

やっぱり彼と、友達になりたいのかもしれないと、思った。


+  +  +  +


「!……目が覚めたのか」
「はは、入るぞーなんて言っておいてそれかよ」
「…一応確認をとるのは礼儀だろう」

若干の緊張を飲み込んで、至極軽い態度でもってナルトは「ぼっちゃん」を迎えた。
うまく笑えただろうか、なんてそんなことは全く気にしていない。
そもそも我愛羅相手に作り笑顔など殆どしていないのだ。
そのおかげで彼の兄弟たちは何やら無用の心配をしているようで、
ことあるごとに二人の「友情」を発展させようと画策してくるのが軽く鬱陶しかったりする。
ナルトはその軽い笑い声とは裏腹の全く笑っていない瞳で我愛羅の胸の辺りを見つめた。

「―――で、なんかわかった?」
「それが…すまない、わからないんだ。あの時屋上に人がいた形跡がない」
「へぇ……案外呪いとかだったりしてな」
「………」

我愛羅の反応は無かった。
それを意外に思って視線を上の方へ上げてみると、彼は眉を顰めていた。
本当に呪いだろうかなどと思っているはずもないから、不謹慎だという不快感の意味なのか。
それとも。

「…ナルト。怪我は、どういう具合なんだ」
「……いや、まぁ、そんなに悪くねぇよ。大したことない。
 つーかこれ労災下りる?いやむしろ俺保険入ってなかっ…」
「ナルト」
「…………」

遮る声に黙り込む。
ああ、もう。

(だから嫌だったんだ)

だから近づきたくなかったのに。
正直、これ以上は、増やしたくないのに、

「―――お前は、何で笑ってるんだ」
「…何でって、無事だったんだし犯人わかんねーし、笑うしかないだろ」
「そうじゃない、お前は、」
「我愛羅」
「…………」

この見た目よりずっと純粋な男が、何を言おうとしたかなんてことに興味はない。
興味を持ってはいけない。
ふみこんではいけない。
うずまきを出た己の手に入るものは増えたが、それは無くても済むものが多い。
元々己の力ですらなかったが、一番失いたくないものを守る力はもう、この手にはない。
だから自重しなければならない。
それなりの名家の人間である相棒ならばとにかく、彼はただの一般人。
並の人間より経済的には少し恵まれているだけの、知ってはならない一般人。

「俺はな、我愛羅。お前が思っているよりも厄介な人間なんだよ」
「……確かにお前ほど捻くれた人間は珍しいが、」
「阿呆、最後まで聞け。
 …俺は今はこんな身分だが、元々はちょっと変わった家の生まれなんだよ。
 俺を紹介した男があの日向の人間だってことは知ってるだろ?
 どのみち金が溜まったらすぐに出て行くつもりだったんだ、あまり関わるな」
「……だがまだ半月も働いていないくせに金なんか、」
「我愛羅…ごまかすな。わかってるんだろ」
「…………」

いつの間にかまた胸元まで下がっていた視線を無理やり上げて、今度はしっかりとその瞳を見据えた。
頭の隅で時給がこうだから13日分でいくらになって、などと計算する己を嘲りながら、
ナルトはこの男を己から遠ざける決定打を捜していた。
ただ拒絶するだけでは生ぬるい。
他人を拒む人間の心理を理解するこの男に、そのようなジャブは通じない。

「俺はたしかに命を狙われてるし、危機感がないわけじゃない。
 このままここにいればまた危険は及ぶだろし、お前たちも巻き込むかもしれない。
 だが…金は必要だ。学歴も何もない俺には衣食住の提供もありがたい。」
「…………」
「つまりだ、『ぼっちゃん』。お前が何を考えてるのかなんてしらないけどな。
 俺はアンタら恩人が命の危機にあっても自分の利益を優先できるくらいにはヒトデナシなんだよ」
「違う、お前は、」
「だから俺に妙な幻想を抱くのはやめてくれ。
 ……なんなら俺に夢中の『姉さん』を抱いて見せようか?」
「―――ナルト!!!」

静かな病室に、酷薄で無機質な笑いと怒鳴り声だけが響いた。
一度目は己の命を救ったその叫びが、二度目は激昂に変わるとはなんとも皮肉なことだ。
このまま追い出されるならそれでよし。
追い出されずに我愛羅だけ遠ざかってくれるなら尚良し。
どちらにせよ、自分を殺そうとした者を見つけ出して対策をたてねばならない。
恐らくは、いや、十中八九犯人はうずまきの庶子達であろう。
ナルトが廃嫡された以上、うずまきの後継者の座は彼らの誰かが継承する。
しかしそれでもナルトは唯一の正室の息子なのだ。
いつ戻ってくるかも知れぬと余計な気を回して、殺そうと目論む者は多いだろう。
己に失望したであろう我愛羅から意識をはがしとり、これからの身の振り方を憂慮した。

(ああ、面倒くさいな)

自由を求めてあの家を出たはずだったのに、障害はいくらでも前途に転がっている。

(つーかいつまでいるんだよ)

怒鳴ったきり動こうとしない我愛羅を怪訝に見やる。
こちらとしてはさっさと彼のことなど忘れてしまいたいのに。
ほんのわずかであっても、同じ孤独に惹かれてしまった己を忘れたいのに。


「―――お前は、そんな奴じゃない。俺は……お前と、友達になりたい」


眩暈が、した。






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我愛羅とビミョーに接近。がんばれ我愛羅。
つーか早くイタチのところにいきたい…!
そのために我愛羅にはちょっと嫌な役を買ってもらいます←
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