さきほどナルトが去っていった和室。
その中央に、今だ正座を崩さない金髪の男が一人。

うずまき家当主・・・・・・彼は今、何やら歌を歌っているようだ。



「いっちねんせ〜いになった〜らっ♪
 いっちねんせ〜いになった〜らっ♪
 とっもだっちひゃっくにんでっきるっかなっっ♪♪♪」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

この時この歌を聞く者は誰一人としていなかった。
だから、これがナルトにとって大きな意味を持つものだとは誰も知らない。






欲しければ這い上がれ







思えば、いつだって自分はあの家に拘束されて生きてきた。


外出時はもちろん、家内ですら常に目立たないところに護衛がつき、
(しかし武術に長け気配に敏感なナルトはすぐにそれに気付いた)
妙な行動をしようものなら、その日の終わりに必ず当主に報告された。
学校での出来事や、放課後の寄り道のルートなど徹底的に。
そしてその後は―――・・・思い出したくも無い。
着替えや風呂も全て使用人が付き、就寝時ですら護衛と一緒だ。
―――それゆえに、いつでもどこでも気が抜けず。

また、欲しいと言って手に入らないものはほとんど無かったが、
どれだけ高価なモノを与えられようと満足することも無かった。
誕生日には山のように贈り物が届いたが、(ほとんど“ソレ系”の人間から)
それらはナルトに届く前に全て一度開封されていた。
一度開封された“贈り物”などもらってもあまり嬉しくは無い。
むしろ、顔も知らぬ人間からの物など気味が悪いだけだ。
一度この家の金を全て使い切ってやろうと思いつき、
○○タワーや世界一高い標高の○○山が欲しいと言ってみた事もある。
・・・―――気付いたら『うずまきナルト』の所有物になっていたから始末に終えない。

月に一度の“組織”での会合では幾人もの人間に会釈され、
それがどれだけ不快であろうとも拒むことなどできず。
また“威厳”とやらを保つために常に踏ん反り返っていなければならなかった。
ナルトははっきり言って“威厳”や“権力”になど興味が無い。
息もできぬようなこの家での生活は、もはや苦痛以外の何物でもなかった。


―――それでもナントカやってこれたのは。


ナルトの唯一の友人にして腐れ縁、“奈良シカマル”の存在のおかげだ。
幼稚舎のころからずっと一緒(というか一緒にさせた)の彼は、頭が良い。
いろいろな意味で頭が良い。だから、気に入っていた。
彼がいたから爆発することもなかったし、彼がいたから今の自分が在る。

そう。


『今の自分』が。


『自由な自分』が。








「―――ぅしっ!!」


本日の夕日は何時にも増して絶景なり。

ある広場の中央、噴水の側のベンチ。
軽く勢いをつけて立ち上がれば、数匹の鳩が飛び去ってゆく。
そんな日常的で平和的、庶民には当然の風景ですら、今までの自分には縁が無かった。


家を出てきてしまったことに、後悔はない。
道の分からぬ混沌とした未来に不安もない。

ただ、希望だけがあった。

どうして今まで黙ってあの家にいたのだろう。
どうしてさっさとこうして家を出ることをしなかったのだろう。

少年の思いはただそれだけだ。
17歳の少年の甘い考えはそれだけだ。
まとわりつく複数の粘着質な視線にも気付かない。


「――――――っっ」

のびをする。
深呼吸をする。
そして生まれて初めて利用した、自動販売機の缶コーヒーを一気に飲み干す。

「・・・・・・まじぃ。    ・・・でもうめぇな」

矛盾した感想。
飲みなれた最高級品とは程遠い味わい。
しかし今は庶民の味に『自由』という隠し味が加わり、この上ない美味だ。
じきに慣れるであろうし、慣れなければならない。

ほとんど身一つで出てきてしまったから、贅沢はできないのだ。


(さて・・・そろそろどっか行かねぇとな・・・・・・)


でなければ日が暮れてしまう。
今夜の宿はいったいどうするべきなのか。
とりあえずはシカマルの家に―――・・・
いや、そんなことをすれば彼の家に迷惑がかかるだろう。
『家を出た時期うずまき家当主』を泊めるメリットなどどこにもない。


(・・・・・・手持ちは・・・ポケットに入ってた2万だけ・・・)


少し険しい表情で考える。

庶民からすれば、ポケットに容易く2万円入っていることは驚きなのだが、
今までのナルトにしてみれば2万円など一回の食事代にもなりはしない。
本当はこの金でハンバーガーやポテトといったファーストフードを買ってみたいが、
ここで浪費してしまうほど彼は世間を知らぬわけではなかった。

―――いや。
やはり世間知らずという点は否定できないだろう。
『知っている』といっても所詮ソレは知識のみで成り立つものに過ぎない。



だから―――・・・・・・





「―――なぁ兄ちゃん・・・アンタどこから来たんだ?」
「男の割りに随分キレイな顔してんなぁ・・・」



「―――あ”?」






まさか家出早々“野郎共”に絡まれようとは、思ってもいなかったのだ。









+  +  +  +









「婚約者〜〜??」
「はい」


だだっぴろくて真っ白な部屋。
真っ白といっても半端無く真っ白だ。
壁も天井も家具もインテリアもカーテンも何もかも。
病院ですらここまではしないであろう純白さ。

半ば悪趣味とも言える豪華な部屋で、能天気な男の疑問の声が上がった。


「ハァ・・・。俺まだ23歳なんだけど・・・って適齢期か」
「はい」
「親父が勝手に決めただけなんでショ?」
「はい」
「先方はもう了解しちゃってるワケ?」
「はい」
「お前『はい』しか言えないの?」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・お前、クビね」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハァ」


男の名は『はたけカカシ』。
日本を代表する大企業株式会社スケアの御曹司だ。
染色と半白髪疑惑で揺れている銀髪に、均整のとれた細めの長身。
風呂上りなのかガウンを身につけているが―――なぜか黒い眼帯をしている。
怪しさ大爆発なのだが、顔立ちはかなり整っているようだ。


「・・・ったく。相変わらず勝手な親父だな」


『はい』としか答えない執事を部屋から蹴り出すと、
カカシはやや不機嫌そうに、愛飲するワインをボトルのまま口に運ぶ。

―――婚約者など、いらない。

いや・・・正確にはいてもいなくても良い。
いなければただそれまでのこと、今まで通りであるし、
いればせいぜい肉欲を晴らす道具になってもらうだけだ。


(だからどーせならとびっきりの別嬪さんがいいよねー)


彼は他人に興味が無い。
かといって自分に興味があるというわけでもない。
適当に上手いものを食い、適当に肉欲を晴らして生きられればそれでよい。
適当な快楽に身を任せ、適当なストレスをスパイスに生きられればそれで。



プルルルル―――・・・



真っ白な電話機が孤独の静寂を破る。


「・・・もしもし。あぁ親父?ん?ああ―――・・・別にいいよ。
 適当にきめちゃって。でも別嬪さんでよろしく。問題ない?ならいいよ」


どうやら、父が忙しい中わざわざ連絡してきたらしい。
そのことに多少驚きつつも、眠そうなカカシの応答は変わらない。
しかし、何かが変だ。
父の話し方がどうにもはっきりしない。


「親父?言いたい事あるならさっさと言ってくれない?―――え?」


しびれをきらし問い詰めれば、・・・・・・・・・



「・・・・・・うずまき・・・ナルト?―――男?」



電話機の向こうから聞こえたのは、にわかには信じがたい単語。


「なに・・・俺に男と結婚しろっていうワケ??」


問い返せば、口ごもる父。
その反応が面白いのでもう少しイジめてみることにする。
少々のイヤガラセと、自分をこんな人間にしたことへの復讐を込めて。


「いいよ別に。俺男も抱けるから。後継ぎは養子取ればいいんだし」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

黙り込む父。
まさか息子がゲイだなどとは思いもしなかったのだろう。
―――が、本当は嘘だ。
男を抱いたことなど一度も無い。


「んじゃぁそういうことで。じゃぁね」



ツーツーツー。



遠慮なく通話をやめて受話器を放り投げる。
おそらく呆然としているであろう父を想像すると、少し笑えた。


(・・・しっかし・・・男が婚約者とはねぇ・・・・・・)


あまり聞いたことの無い話だ。
まさか自分にこのようなことが起こるとは・・・・・・だが。




「―――ま、いっか」




他人と自分に興味の無さ過ぎる男は、事の異常さを無視して眠り込む。
この何気ない決断が、一人の少年と自分自身の人生を大きく変えることすら知らずに。






 






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なんかもうそろそろ山場っぽい。
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