「わざわざ火影殿から出向いて頂けるとは・・・・・・余程のことが?」
砂隠れの里。
年中乾燥しきったこの里では非常に珍しく、
また里人たちには無条件で歓迎される雨が降っていた。
しかし『歓迎される』とはいえそれは生活面・経済面等からみた見解であり、
『雨』というものが大抵の人に憂鬱を与えるものであることに変わりは無い。
ここ、若き風影の執務室も、例外なく憂鬱に満ちた空気を湛えていた。
そして風影―――我愛羅の正面に座る女性も、その美貌を曇らせている。
女性の名を、綱手といった。
木の葉隠れの里の頂点にたつ、火影。
綱手の肩書きがこれだ。
彼女は遥かに年下とは言え敬うべき相手に失礼の無いよう、心中で嘆息する。
「―――風影殿。“暁”という組織をご存知か」
ゆっくりとした視線の移動と共に、呟くような声音で問われる。
我愛羅はそれらを感情を表さない顔で見つめ、そして慎重に返事をした。
「・・・・・・噂程度に」
「どの程度?」
「“人柱力”を―――私のような妖魔憑きを集めていると」
「・・・・・・そうか・・・」
それだけ言うと、瞑目する綱手。
―――疲れているようだ。
精神的にも肉体的にも。
目の下の隈、ツヤのない髪と肌、生気のない瞳。
およそ普段の彼女の快活とした印象からはかけ離れた状態。
そのような状態にしたのは、誰なのか―――
なにやら、“暁”という組織が関係あるらしい。
「・・・・・・火影殿。大分お疲れのようだ・・・今宵は泊まっていかれては?」
「いや・・・ありがたいお申し出、感謝するが。
私も立場上あまり長いこと里をあけるわけにはいかぬ」
「左様ですか・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
わけもなく、沈黙が流れた。
二人の間が険悪というわけではない。
しかし『風影』と『火影』、『里長』と『里長』という関係以上のものはない。
先の中忍試験以来同盟を結んではいるし、砂と木の葉の仲は順調だが、
我愛羅と綱手の直接の会談はこれまででも数えるほどだ。
会話が続かなくとも無理は無い。
―――が。
「―――火影殿。このような言い方をしては失礼に値するが・・・・・
貴女が私に“暁”の存在を知っているか否か、という質問をする為だけに
遥遥このような所へおいでになったとは到底思えない。
火影というのは先程のお言葉どおりあまり暇なものではないはずですが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
まっすぐと。
我愛羅は目の前の女性に臆することなく、視線を向ける。
射抜く。
射抜かれる。
見透かす。
見透かされる。
一連の無言の攻防により執務室の体感温度が下がろうとも、
秘書の広めの額から滝のような冷や汗が流れようとも、
我愛羅は臆することなく綱手を見据えた。
―――突然、クスリと笑みを漏らす五代目火影。
「クック・・・・・・どうやら私は貴殿のことを見くびっていたようだ。
風影殿、―――人払いをしていただけませぬか?」
「・・・・・・・・・わかりました」
どうやらここからが本題らしい。
我愛羅は秘書も含め護衛の暗部達も皆下がらせると、
木の葉の美しき女傑に鋭い視線をよせた。
+ + + +
今から遡ること14年。
木の葉隠れの里に、“恐怖”が訪れた。
“恐怖”は里を壊滅状態に追いやり、
里人たちにこの上ないトラウマを植え付けた。
“恐怖”とは人外のモノ。
“恐怖”とは外道のモノ。
人々は“恐怖”を払拭するために、壱つの方法を編み出した。
−封印−
これしかない、と。
一部の力在る者たちは死力を尽くしこれを試みる。
しかし“恐怖”は強大であった。
絶大な力の前に、幾多もの術者と封印具が破壊されてゆく。
その間にも、数え切れぬ程の悲劇が繰り返されていった。
皆が諦めを選択し、覚悟を決める者と逃げ出す者に二分された時―――
『・・・ごめんね、ナル君。君は今から、英雄になるんだ―――・・・』
後に英雄と呼ばれ崇められる者が決意するは、
勇気在る愚かしき選択だった。
里人皆の為に一人の幼子を犠牲にする―――
里長として間違った行為ではないのだろうが、
果たして―――・・・
+ + + +
「―――それが、現在木の葉の地下に幽閉されているという“器”ですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
我愛羅の問い。
だが綱手の話を聞けば答えは明白だ。
『木の葉の狂気』の存在は他里にも広く知れ渡っている。
よってすんなりと返事は返ってくると思ったが、我愛羅の予想は外れた。
「・・・火影殿?」
相も変わらず己の表情は皆無に等しいが、声に若干の怪訝さを含ませる。
綱手を見やれば、―――背筋が凍るような双眸がそこには在った。
「―――若き風影よ。貴殿は信用・・・いや、信頼するに値する人物か?」
「・・・・・・・・・」
脈絡に欠けた問い。
しかもその内容はなんとも答え難いものだ。
そういう質問は本人ではなく、本人を識る人物に向けるべきである。
「・・・・・・火影殿、仰りたいことが」
「質問に答えていただきたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ああ、そうかと。
少々頭の回転の遅くなっていた自分を恥じる。
要するに、目の前の女傑はこう問いたいのだ。
『これから話す事を外部に漏らした時、死ぬ覚悟はあるか』―――と。
実際は『死ぬ覚悟はあるか』ではなく『外部に漏らさぬと誓えるか』であろうが、
綱手の鋭すぎる視線からはどちらかといえば前者の印象を受けた。
「―――無論です」
無感動に、そして至極短く答える。
迷いは無い。
肯定すれば何か危険なことに巻き込まれるは必須であろうが、
かといって否定するような理由も意思も無い。
何より、『純粋な興味』という風影としては浅はかな思いも先立つ。
綱手の視線が若干柔らかいものになった。
そして紡がれる言葉。
「“器”は幽閉されてなどいない。物心つくまえに“ある組織”に拉致された。
里の外で自由に・・・・・・『恐らく』至極自由に暮らしているよ」
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自由に、ね。
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